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横浜焼は横浜開港時に廃藩置県制度とともに日本中の焼き物の産地から職人たちが自らのより一層の向上と新しい出会いを願い横浜に集結し、この港街から輸出を主力に窯が築かれたのが始まりでした。その中でも横浜焼を代表する宮川香山はパリ万博やウィーン万博をはじめとする、数多くの世界万博に出展し金賞などの最高賞を受賞し脚光を浴びました。その繊細なる細密装飾、西洋と東洋の技術やデザインをとりいれた手法は世界を圧倒し虜にした。この世界を一世風靡した「横浜焼」の伝統と精神を受け継ぐと同時に現代の感覚と生活空間にあったテーブルウエアーを造るため、初代・増田博と数名の横浜焼に携わっていた数名の職人とともに窯を1965年に横浜にて設立。

横浜という地場がもつ個性である
「和と洋が融合されている都市」と同じように、
器も東洋と西洋の要素をとりいれ、
その両文化の感性と最高技術をクロスさせた、
和食器でなく洋食器でもない「ヨコハマの器」。
これはあくまでも無国籍ということではなく、
横浜ならではの
「East Meets West」スタイルなのである。 |
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横浜という街に象徴されるように
「他を拒まない都市」と同じく、
器も和食、洋食、中華でも
「料理を選ばない器」を提案する。 |
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こだわりと妥協しない直感に語ってくる
陶磁器への装飾美。

和の魂で感じ、洋の色彩で表現する。
これを「和魂洋彩」と呼び、当窯の窯訓とする。 |
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文化、国境、時間、ジャンルを越え、
「美」というものを追求することにより、
“造り手”と“使い手”の間に「あたたかい」という
直感的なメッセージを伝える。 |
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繊細なる細密装飾へのこだわり。
それは技術を競い合うのが目的ではなく、
細かい仕事の裏に隠されている
「あたたかさ」への想い。
それは決して直線を正確に描くという
事ではなく、 デザインの一つ一つに
表情を持たせ、 それが「あたたかさ」になる。
その「あたたかい」というメッセージは、 その
食生活と住空間がよりいっそう生き生きさせ、
人々に「喜び」と「ゆとり」を与えることができる。
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